2017年8月14日月曜日

ツバキ日記’17.8.13

 お盆のこの日、お天気は雨模様。湿度はあがり鬱陶しさは甚だしい。そんな中、僕らは毎年恒例の早朝のお墓参りへと出かける。今年はツバキが一緒だ。
 ツバキと墓地に入るのはナントなく憚れるものがあって、菩提寺の境内で僕とツバキは先に行った3人を待った。
  物分かり良く横でお座りをするツバキを見た参拝者から「かわいいですねぇ」と声を掛けていただくこともしばしば。こんなに大人しいのは珍しい。小雨の空、どこからともなく聴こえてくる読経、お線香の香り・・・、そんな雰囲気がそうさせるのかな。
  が、それも束の間、お寺の雨どいから落ちる雨のしずく見つけると、あれよあれよと昂ぶりをみせ、落下する雫を口で受け止めるたびに興奮し、その表情はお盆に相応しく地獄の門番ケルベロスと化すのであった。

  お墓参りを済ませた僕らは、お寺を後にして近くの海岸へ赴く。
 浜辺で尻込みするツバキをお姉ちゃんが抱っこして海に入れると、上手に犬掻きでスイスイ泳いでみせる。ツバキにとっての初泳ぎ。とにかく浜へ戻りたくて必死なのだ。
 面白がる子供たちが水の中へ連れて行く以外、自分からは入るそぶりは終始見せないツバキとても塩辛い、大きな大きな水溜りがあることを教えてあげることができたお盆の休日でした。



トレーニング17.8.6〜17.8.12 行動補給食のこと

 佐渡で使う補給食について考えてみる。
 いつも愛用しているサバスのカフェイン入りのジェル(170kcal)はもちろん、グリコのCCD(170kcal)やら、井村屋のチョコ羊羹(190kcal)の他に、梅干しなど味覚のアクセントになるような、自分の好みのお菓子のようなものを組み合わせる。
 ここで何かひと工夫しようと思い立ちネットで既製品の類を調べてみる。興味深い商品はいくつかあったが、ふと「粉飴」の存在を思い出した。
「粉飴」を溶かして補給食や手作りジェルに当てようとネットで調べてみると・・・出てくる出てくる!
 早速、お試しに粉飴100g(384Kcal)を70ml(13Kcal)のスポドリ(アクエリアス)で溶かしてみると、ブログの記事通りに粘性が高く、ジェル感たっぷりの補給食が出来上がる。これで概ね400Kcal。実際の使用はバイクボトルで作ったので飲みにくく、さらにスポドリをプラスしたが…。
 これを皮切りにラン、バイク練の時に試しながらクエン酸、アミノ酸を加えてみる。今のところ、一般的なバイクボトルには粉飴150g、スポドリ200ml、そこにクエン酸を適量加えるというのがお薦めレシピ。
 僕はこれ、とっても気に入ってます。クエン酸の酸味が効いてスポドリ特有の甘みが口に残ることもなく、そこそこのジェル感があります。冷えてるともっと美味しいでしょう!
 作る際の注意としては粉飴150gをボトルに入れる際は注意が必要。紙で漏斗を作ってサラサラとゆっくり粉飴をボトルに流し込むのが肝要かと。粉飴は油断すると宙に舞います。そこにクエン酸適量をふりかけるように加え、スポドリを入れてシェイク。すぐには溶けないのでそのまま冷蔵庫に保管。これで614kcalの補給ドリンク完成!ひと手間掛けて試してみる価値は十分にありますね。


※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : ラン!

日 佐渡合宿2日目 
    朝 ジョグ5km
        佐渡OWS 2,000m リザルト41:03

月 朝 ペダル練 少々
    夜 ロード8km 46分 ジョグ

火 朝 ペダル練25分&ポジション確認と調整
    夜 体育館ギャラリー 10km 53分(30周TG,トレミジョグ)

水 朝 ペダル練25分
    夜涼 ロード8km 46分 (tg7km 4:40,down)
       スイム1,000m+ドリル(50m×10,100×5,ドリルS)

木 アクティブレスト(朝 ペダル練)

金 朝涼 ロード25km 2時間30分 ジョグ

土 朝涼 バイク練 胎内周辺 115km
      ロード15km 90分 ジョグ

【 8/12までのトレーニング(km) … Swim6.1  Bike300(52)  Run76 】

2017年8月8日火曜日

オレナツからの佐渡OWS’17.8.6のこと

 朝、2階のリビングに脚を運ぶ。テラスからは思いがけない色をした真野湾がパノラマに広がる。僕は一気に目が覚める。夏の佐渡の恩恵だろうか。
AM4時台の真野湾
 朝ラン前に大野亀で1cm程上げたサドルを微調整してサイクリングに備える。昨年は練習不足からギリギリまでポジションが決まらなかった。今期はそこそこいい感じにポジションが決まってきているので、この辺で決めてしまいたいところだ。

 朝のランニングはお宿を基点に河原田の海岸通りを往復して5km。先週から殆ど走っていないので短い距離でもステップに注意を払いラスト1kmは上げる。
 シャワーで汗を流した後、皆で談笑しながらの朝食は例年のOWSにない心の余裕のようなものを与えてくれる。会場はすぐ目の前。おそらく今までのレースやイベントでもっとも優雅な時間を過すことができた筈だ。

 受付を済ませ当日入りした面々にご挨拶。ウエットに着替えて準備を整えて試泳する。スカーリングからの軽いクロール、装備の不備がないかを確認する程度でさっさと海から上がる。再び皆と程よく談笑して、スイムチェックへ。いつものように淡々と物事が進んでいった。

 筋肉の痙攣には十分気をつけなきゃねと、水を持参してスイムチェックに向かった。暑さには滅法弱いので、マメに水分を補給することが重要なのだ。実は昨晩から気をつけていたのだが、残念なことにこの不幸な予測は見事に的中してしまうのだが・・・こればかりは、どうしようもない。
 
 海水につかって体温を冷ましながらスタートを待つ。この間、ゆーサーモンさんやスイムブロガーのヨッシーさん、それから以前お山で一緒になったYさんを見つけては声を掛ける。

 スタート30秒前のコールが聞こえる。今回のスイムアップ目標は37分台。大きく息を吸って水面を見つめ一点に集中する。準備は整った。
 目の前のヨッシーさんを追いかけるようにスタートする。落ち着いて水を掻く。焦らず騒がず周りに惑わされず自身のペースで。ポイントはブレスをしっかりとること。300mぐらいで落ち着くはずだと言い聞かせる。

 少々人とぶつかるのは当たり前で、特に特に際立ったプレッシャーもなく最初のコーナーを廻る。400m程度か、随分と長く感じた。インコースにいたせいで軽くプレスを受ける。僕は逆らわず進路変更をする。時々ヘッドアップして前方を確認、ポカンと浮かぶ黄色いコーナーブイを目指した。

 2周目に差し掛かる。スタート付近は浅く、立ち上がって、飛び込む動作を繰り返す選手を見受けた。それも悪くないなぁ、気分転換にはイイのかも、なんて思いながら僕は水を掻いた。
 底が見えなくなる頃になると水温が低くなって心地いい。同時に波に煽られることも多くなる。波に負けないように最後までしっかり水を掻いた。時々、海水にディーゼルオイルが混じり、揮発性の独特の臭気が鼻から胸を突いた。この匂いで元気になるという方もいらっしゃるが、僕にはマイナスの効果しかない。今こうして思い出してもムカつくほどなので、よっぽど嫌いなのかも知れない。

 2周目、最後のブイをカーブ。ロングスパートよろしく、じわりペースを上げようと画策した。意識してしっかりとキックを打つ。潮の流れの影響からだろうか、内側にいるとプレッシャーを受けるので外へ逃げる。このペースアップで左の脹脛に違和感が出る。まだ浜は遠い。スゴクいやな予感がした。するとキックした途端に左の脹脛が痙攣する。予感は的中。すぐさま左の足首をグイと立て、なこむら返りを阻止しながら水を掻く。これはなかなかしんどい。一度は泳ぐのをやめようかとも思った。この脹脛の緊張がほぐれた後、今度は右のハムがこわばる。片方の緊張からくる無理な体勢が影響した。完全にキックをやめざるを得なくなる。そのとき推進力にして15%減だなぁと漠然と思い浮かんだ。もはや掻き手で進むしかない。

 いよいよ底が浅くなり立ち上らねばならなかった。躊躇する。エイヤっと立ち上ると右ハムが身体の内側に切れ込んでくように痙攣する。思わず身体をよじりながら右ひざに手を置いて悶絶。しばらくそこに立ち尽くす。動けない、でも進まなきゃ。砂浜と階段が視界に入り、ゴールを見上げながら、一歩二歩、引きづるように右脚を前に出した。

 プリントして頂いた記録証には41分03秒とあった。しばし無言。ラストの痙攣を差し引いてもどうだったか。過信か。9月の本番に向け教訓にするしかないと思った・・・。

 正午。ゆったりとしたひと時を頂いた「On・The・美一」さんを後に、タカさん、ソファさん、そして僕の3名は両津を目指しペダルを漕ぎ出した。
 右手にはちょうどOWS5,000mがスタートして、水しぶきを上げながら進む選手たちの背中が見える。恐らく気温は今日のピークに近づいているのだろう。
 次は9/3。海からの風を感じる。オレナツの2日目が始った。(了)

2017年8月7日月曜日

オレナツ(佐渡合宿)のこと

 7/29.30の富士登山に続き、8/6は佐渡でOWS。ちなみに7月初旬は琵琶湖をロードバイクで一周した。つまり直近1ヶ月内で日本で一番の湖、山、島をたて続け立に訪れたことになる。
 これって地味にスゴくない?と家内に尋ねると、それが出来る環境にあることを感謝しなさいっと一言。ウン、ハイ、ごもっともです・・・。

 さて。佐渡OWS(オープンウォータースイミング)前日8/5(土)の佐渡上陸は、僕にとって今回で3年目となる佐渡で一日遊ぶ「俺たちの夏休み」略して「オレナツ」であり、トライアスロンチーム潟鉄の「佐渡合宿」という位置付けだ。どういう理由であれ暑く短い夏を佐渡で満喫するイベントなのである。

 10時半頃、河原田のお宿「On・The・美一(ビーチ)」さんから二手に分かれて出発する。
 タカさん&ソファは佐渡名所コース、鉄女ママ、ブリオ様そして僕の3人は大佐渡コースだ。
 僕らは大佐渡の海岸線をトレースして両津を目指し、多田から小倉を経由して大河原へ戻ろうという計画だ。


 序盤、ロングライドの記憶を辿りながらいくつもの起伏を想定しながらペダルを踏む。相川にたどり着く前に汗だくだ。
 眼前に飛び込んでくる海は夏の日差しを浴びてさらに透明度を増していた。バイク練よりも海水浴だよなー、と冷たい海に飛び込むことを幾度も想像する。


 Z坂の手前にある商店さんで小休止。それぞれに涼を取り、Z坂から大野亀までは一気通貫。大野亀周辺ではすべての風景を独り占めしているようで気持ちが上がる。
 昼食をとる為に大野亀の食堂に入る。店内は決して多いとは言えない観光客でそれなりに賑やかに映る。汗だくの僕らにはクーラーの効いた空間はパラダイスだった。

 根を張りそうな重い腰を上げ再びバイクへ。昼食後と言うこともあって僕は垂れ気味だった。すると反対方向からジャージ上着のチャック全開の男がバイクに跨って現れる。
 おー待ってましたぜ!Xさん。無事合流が出来た。これで今回の参加メンバーが揃った。
そして、ここから第二部バイク練スタート。Xさんの鬼引きに以下3名がピリッと引き締まる。気を抜くとちょっとした坂で置いていかれる。
 僕としては彼にこのまま牽いていただくのはヒジョーに忍びないので、無謀を承知で前に出る。スピードの1割り増しを除けば佐渡ロングライドの再現だった。
 ・・・しかし残念ながらこのローテーションはすぐに潰えてしまい、最初に仕掛けた僕は足が売り切れトレインから早々に千切れてしまう。
 結局、両津手前の5kmでXさん、鉄女ママに待ってもらっう始末。まぁこれが実力なのである。

 15時両津に到着。計画を変更して大河原を目指す。途中Xさんの提案で「フルーツカフェ」さんにお邪魔しながらのサイクリング。このメリハリ感はさすがの采配。ちなみに、この日のサイコンでトータル145kmを示していたけれど、実質的には河原田から両津の100kmがトレーニングに相当する内容でした。

 道草をしながら17時頃に宿に到着、先にチェックインしていたソファさんと合流する。するとブリオ様の提言で河原田の海岸通りをブリックランをすることに。流石やけに前向きだナァと思っていたらなんてこたぁない、通りがかりにOWS会場の競泳水着の女性を発見しそれを間近に見たかっただけらしい。
 先週のギックリ腰から、この日のバイク練でもイマイチ調子の悪かったブリオ様。さすが「腐ってもブリ」を感じさせます。
 こうなってくるとトレーニングのことは忘却の彼方へ。この後は和気あいあいのディナー&おしゃべりタイム。翌日のOWSのことはすっかり忘れ、床に就くまで他愛のない談笑が続きました。(続く)

2017年8月6日日曜日

トレーニング17.7.31〜17.8.5

 富士登山後、稀にみる筋肉痛に苛まれて完全休養の連休を頂いてしまった。日常生活に支障が出るクラスの筋肉痛はここしばらく覚えがない。初めてフルマラソンを走った以来かも。
 原因は富士下山にあり、つづら折りの下り坂を走ったせいだ。まさかここまでダメージを残すとは思いも寄らなかった。四頭筋、脹脛、ハム、もっとも痛みがひどいのは何を置いても四頭筋である。下山から3日間は階段の下りが苦痛すぎて普段使わないエレベーターやエスカレーターを使い、それらがない場合は手すりを使ってそーっと階段を降りていた。
 昨年の同じ頃は400mlの全血献血をもって、擬似的高地トレーニング状態をつくりだした。あれはもう二度とやらなくていいが、酷い筋肉痛はおいてい置いて、この下山トレは大いにありだ。アスファルトのような硬い所ではなくクッションが効きブレーキのかけ易いところ、どっかないものだろうか。
 ・・・ということで今週は筋肉痛に伴うトレ内容。走れる状態でなはいのでスイムやバイクのペダル練でトレを組み立てる。
 週末はOWS。前日入りで佐渡合宿と銘打ってのトレーニング。楽しい汗をかこう。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 富士下山ダメージの回復

日 富士登山 (7合目の下りから吉田PAまでトレラン)

月火 レスト

水 夜 スイム1,500m+ドリル(50m×20,100m-120s×4,down)

木 朝 ペダル練30分
    夜 スイム1,600m+ドリル(500m-9:00,50m×10,100m×6)

金 朝 ロード ペダル練30分
  夜 ロード5km ジョグ

土 佐渡合宿
    バイク145km(両津~河原田~大佐渡経由~両津~河原田)
    ブリックランという名の散歩

【 7月のトレーニング(km) … Swim14.9  Bike477(46)  Run194 】
【 8/5までのトレーニング(km) … Swim3.1  Bike160(26)  Run5 】

2017年8月3日木曜日

富士登山のこと 下山編 ’17.7.29,30

 先達(せんだつ)のヤング渡辺氏から、山頂の鳥居前に4時05分集合を申し渡される。僕らは1時間ほど山頂に滞在した。
 暗闇の中、周辺の景色がまるで見えないので想像していたような頂上感はなかった。僕はお鉢周りのルートをウロウロしたり、山小屋で木材の手紙を書いたりと、あれこれしているうちに約束の時間になった。

 4時05分というのは日の出、つまりご来光の時間だった。雨風の中、そんなものは期待できるハズはなく、白んだ空の分厚い雲の切れ間から、わずかにオレンジ色の光が滲んでいて僕らはそれをご来光のつもりで見つめる。
 ここまでを振り返ると、全くもって天候にそっぽを向かれている。日本一高いお山に居るというのに眼下に広がる景色を眺めることすら出来ない。ホントまったくついてない。

 山を覆っていた闇が消え、薄明かりと共に周囲の状況が視野に入ってくる。荒涼たる山肌に蛇腹状の一本道が覗く。吉田ルートの下山道、ここを登ってきたのだと自らの軌跡を知る。上から見下ろせばこそであるが、下から見上げたならば心は折れていかもしれないという数人の意見に同意した。





須走(すばしり)ルートと吉田ルートの分岐となる下江戸小屋まで隊列を組んで進む。トイレ休憩を挟んで吉田ルートへ誘導されると、ここからどうぞお好きなペースで下山してくださいと渡辺両氏に言われ俄然やる気になる。
 おー!トレランじゃー!この週末ノートレであることに少しだけやましさのようなものを感じていたので、ここぞとばかりつづら折りの山道を駆け下りる。
 右に折れ、左に折れるとワンセット。経路表示の看板で数えると12~3セット。地面の柔らかい所でスピードを調整しながらひたすら降る。残り6つぐらいで周囲にガスが漂い視界が遮られる。先を行く人の背中はなくなり、走りながら不安になる。
 つづらを終えると起伏があったり、屋根付きの階段が現れたりと、急な坂を下りたせいで脚が棒のようになり力が入らない、膝が笑う。
 ジョグで進んでいくと前日通過した記憶のある道に出た。ほっとしていると向こう側からこちらへ歩いてくる登山者とすれ違うようになった。
 「おはようございます」と声を掛けながらスロージョグ。あたりはガスに包まれ昨日のスタートの風景と重なる。6時過ぎ吉田の登山口に辿りついた。


  登りは休憩と仮眠を含め12時間、降りは2時間ちょい。この下山のトレランが僕の脆弱な両脚にとてつもないダメージを残し、この翌日から数日間、歩くのが嫌になるほどの筋肉痛になるとは露ほども知らない。
 しかるに僕の今回の富士登山は頂までのプロセスとか、山頂に辿りついた喜びとかは殆ど残っていない。今も痛みが残る四頭筋の筋肉痛を招いたこの富士下山に尽きるのかも。
 いろいろと体験できなかった初めての富士登山。もしかしたらまた来年もと帰りのバスで盛り上がる我々でした。
 先達の渡辺両氏、ありがとうございました。(了)

先達のダブル渡辺氏と記念撮影







2017年8月2日水曜日

富士登山のこと 登頂編 ’17.7.29,30

「富士山」について今更説明する必要はない。誰しも漠然といつかは…と思っていても、本当に富士の山頂を目指すには、それなりのきっかけや動機が必要で、自分が本当に登るなんて思ってもみなかった。
 2年前、ひょんなことから富士登山の計画が持ち上がったが、計画の半ばで頓挫してしまった。その頃から富士を意識するようになり、昨年、家族でドライブのついでになんとなく富士周辺に脚を延ばしてみたが、おぼろげなその頂きを垣間見る程度に終わってしまい、脳裏に描かれる雄姿と重ね合わせることは叶わなかった。
 そして今回再び計画が立ち上がり、それは昨年末辺りのことだったと思うが、当然のように僕は参加メンバーの1人となりこのたびの実現となる。
 富士山に登るのは自分の意思に関わらず、運命的にセッティングされていたような気がしないでもない。しかし最近読んだ小説のセリフのごとく、それは運命でも偶然でもなくて、全て自分が選択してきたことの積み重ねによる結果なのらしい。ようやく今、その機会が訪れたということなのだ。


吉田口ルート詳細

 7/29(土)有志13名による富士御来光参拝を目的とした2日間の日程が幕を開ける。クリアにならない天候に少々の苛立ちを抱きながら富士スバルラインを目指し、早朝の新潟を出発する。

 所々渋滞に巻き込まれながらも、ほぼ予定通り我々を乗せたマイクロバスは目的地に到着。残念なことは富士山の2,305mに位置する吉田パーキングは土砂降りの雨。僕らは高地順応を兼ねて出立時刻までゆっくりと時間を掛けて準備を整える。

 ちょっと階段を登っただけで息が切れ目眩がすることに面喰らう。順化の重要性を早速認識すると同時に不安に駆られる。それに恨めしいのは、さらに勢いを増す雨。僕の装備は少し年代物で、水が浸透するのにそう時間は掛からない。天を仰いで空を呪うしかなかった。





 参加メンバーはみな登山の素人なので念を入れ先達を2人お願いした。この判断は後に評価されるのであるが、まだこのときは先達を2人もつけるとは、なんと贅沢なんだろうと思われていたに違いない。
 15時過ぎ、この道40年超の先達、渡辺氏に率いられ、今夜の宿泊先である7合目の「東洋館」を目指す。僕は隊列のしんがりで、僕の後ろにはもう1人の先達、若手の渡辺氏がついている。
 僕らはベテラン氏に先導され、ゆっくりとした足取りで登山道を進みだした。




 吉田パーキングから富士の登り口までしばらく下り坂が続く。それはウォーミングアップと環境順化を兼ねているそうだ。先達のヤング渡辺氏は、僕らにここで亡くなった登山者についてのエピソードを披露する。富士登山、特にこの吉田ルートはシーズン登山者の6割以上を受け入れるのだが、登頂を目指すすべての人々の生命を保障しているのではないことを端的に伝えようとしているようだった。彼は今後、要所要所でグロくおぞましい話をする役目を担うのである。

 ガスのために全く周囲の景色がわからないのがこの上なく残念だった。視覚情報が閉ざされた僕は、ヤング氏と他愛のない会話を交わしながら道を進んだ。そんな中、同じようなペースで進む韓国から来た李さんという女性と知り合い、1人ならばとパーティーに誘い、我々の隊列に加わって頂く。

 僕らはジリジリと歩を進める。歩き出して1時間ほどで雨は小降りになった。相変わらず周囲はガスに覆われ景色は全く伺えず、まるで雲の中を歩くようだった。運動量としても物足りないが、まぁ仕方がない。

 17時過ぎに7合目に入った。最初の山小屋で李さんとお別れをする。少し進んでからふと後ろを振り返ると、彼女がまだ僕らを見送ってくれていたのが印象的だった。外国から、しかも1人で富士を訪れるその行動力に感服するばかりだ。



 我々の目指す東洋館は7合目の最上位に位置していた。足元の岩場を踏みしめながら、ひとつまたひとつと山小屋を通過し、19時前に東洋館に到着。
 あたりはもうほとんど暗闇に覆われていた。館内に導かれると濡れた装備の始末を促されつつ寝床に案内される。寝床はちょうどヒト1人が横たわるスペースに寝袋が敷いており、我々にスペースをあてがうのがスタッフの作業の一つだった。
 広間に用意された夕食のハンバーグをそこそこかっ込み、みなで寝床に横一列に整列して横になる。22時起床を言い渡されて僕らは眠る努力をした。僕は眠剤を一錠飲み込んで眠りにつこうと瞼を閉じた。すると突然建物を激しく叩く雨音がして、それは徐々に増していった。激しい雨音にまんじりとせず、僕らは容赦ない天候の仕打ちに暗澹とせざるを得なかった。



 不意に意識を取り戻すと起床時刻の3分前。ちょっと寝ぼけながら僕は支度を始める。それに続けとばかり周囲も動き始めた。半分以上のメンバーがまんじりともせず過ごしていたそうだ。僕がしきりに眠剤を進めていたことに、あの時に貰っておけば良かったと後悔する者もいた。いつだってそんなちょっとしたことが、これから先に起こることへの備えになるものだ。富士山だろうと日常だろうとその本質は変わらない。

 雨の気配はなかった。すぐに宿のスタッフが広間へ荷物をもって集まるようにと、命令めいた指示があり、僕らは素直に従う。広間には我らの先達渡辺両氏がおり、気温は高いので薄着で良いことと、これからの登山道での渋滞は避けられないことを端的に伝えている。

 22時半、8合目に向けて出発。気温は15℃、雨も風もない。先ほどの激しい雨音は夢だったのだろうか。ふと見ると山小屋の照明に蛾のような虫が数匹飛び回っている。標高3,000mに近い所で明かりに群がる虫がいることに不意に胸をすくわれしばらくその姿を見入ってしまう。

 週末が重なり山道は大混雑の大渋滞。急斜面の岩場をヘッドライトの明かりを頼りに、一歩一歩ゆっくりと進む。8合目はすぐそこなのだが、とにかく渋滞していて遅々として進まない。少し上に進み後ろを振り返ると、ヘッドライトをつけた人々が延々と列をなしているのが見る。暗闇の中に光るそれは、どこかにぎやかでお祭り屋台の明かりのようにも見える。


 8合目、2つ目の山小屋を通過したあたりだったろうか、休憩が告げられた。同時にメンバーの1人が頭痛と吐き気を訴える。見れば顔面蒼白。僕は頭痛薬を半錠だけ彼に渡し、先達2人に協議して頂く。ベテラン氏が付き添いに回り、ヤング氏が我々を誘導することで合意する。先達2名体制がここで功を奏す。僕は引き続きしんがりの役目を負った。1人抜けたパーティはしばし無言となり、渋滞する岩場を一歩また一歩と進んだ。

 1つ山小屋を超えたところで、ヤング氏がルートを変更することを我々に告げた。どうやら渋滞に業を煮やしたらしい。もちろん僕らは彼の後をついて行くしかなかった。その時は分からなかったが須走(すばしり)ルートの登り、吉田の下山ルートを使って頂上を目指すことになったのだ。
 それまでの足場が一変し柔らかな砂礫の斜面となった。一応の登り方、脚の使い方を手解きされた僕らは砂塵を踏みながら再び上昇を開始する。
 するとすぐに隊列にいくつかの間隔が空き始めた。ヤング氏の足取りは至極ゆっくりなのだが、環境変化への順化がうまくいかずに体調を崩していたメンバーが、ペースを合わせられなくなっていた。僕はそんな彼らの背後から様子を伺い、それとなくヒアリングしながらヤング氏に進言しつつ、ペースの遅いメンバーを前方に送った。時計は1時を回っている。7合目を出てからかれこれ3時間が経過していた。

 標高3,000mの漆黒の闇、ヘッドライトに照らされた足元の赤黒い礫を食い入るように見つめながらひたすら斜面を登る。ルートは蛇腹折りのようで、折れ曲がるところで短くて3分、長くて7分の休憩が入る。

 僕はメンバーに声を掛け様子を伺う。皆それぞれ苦しい中、頂上を目指し頑張っているのがよくわかった。きっと得難い経験になるのだろう。ただし、これを頑張れたことで人生の何かが担保されるというワケでもない。経験の一端、その程度のもかもしれない。
 ちなみに僕は疲労感は殆どなく、ただただ酸素欠乏せぬように意識して深呼吸を繰り返していた。日頃体を動かしているおかげで体力的には問題はない。継続的にトレーニングを重ねているお陰で、高地での行動も無難にこなせるようになっていたようだ。

 蛇腹をあと2つ登れば山頂という所で、8号目で体調を崩したメンバーがベテラン氏に率いられ我々に追いついた。聴けば自身を鼓舞して皆を追いかけたらしい。本人の意思もなかなかだが、さすがベテラン先達と僕は舌を巻いた。

 そうして3時10分すぎ、山頂に到着。山頂はで突然、雨と風が激しくなった。登頂を果たした人々でごった返して賑わっている。3軒の山小屋はまだまだ空席が目立ち、すぐに入ることが出来た。人々の表情は悲喜こもごも、疲れを癒すと同時に下山に向けての準備をはじめているようだった。(続く)





2017年7月30日日曜日

トレーニング17.7.24〜17.7.29

 イチローが走塁殺しようとするとき、送球のセオリーを意識しながらレザービームを放っているだろうか。
 競泳のベテラン選手が大会で自己ベストを2秒も短縮するようなパフォーマンスを実現するとき、何かの動作に意識を傾けながらレースに臨んでいるのだろうか。
  きっと彼らは身体に染み込んだ動きを無意識に行っているのだと思う。あたかも精密機器のように、寸分の狂いもなく。

 朝のペダル練習が習慣になりつつあるが、ペダリングの、ある一つの動作に基点を定め、そこに集中して汗を流せるようになってきた。それがいつしか、前述の競技者のごとく、無意識化で動作できるようになるといいなぁと夢見してしまう。
 僕のような凡庸には、日々のトレにおいて意識を集中させて動作するテーマが何かしら必要である。スイム、バイクそしてラン、今それぞれにこだわりのテーマがある。何かしらのレベルアップが出来る兆候として前向きに捕らえて継続したい。

 さて今週末は富士登山だ。久々に完走、いや登頂することが目標のイベントだ。のんびり楽しんでこようと思う。
 ただし、一つ危惧していることがある。せっかく気温順化しつつあるのに15℃から7℃近くの環境に概ね20時間ほど滞在することが今後、具体的には来週のプチ合宿やOWSに影響しないのか気になるところだ。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 週末は富士登山

日 AM ペダル練40分
     体育館ギャラリー走70周13km,ストレッチ
     PM ペダル練30分

月 レスト (夜 飲み会)

火 朝 ペダル練15分
  夜 ギャラリー走52周10km 52分 30周TG+ジョグ、片足ステップ、ストレッチ

水 朝 ペダル練30分
  夜 ロード10km 51分 5kmTG走+ジョグ 
     スイム1,000m(200m,100m,全力泳,ドリルSK)

木 アクティヴレスト (朝 ペダル練20分、夜 お食事会)

金 夜 ロード10km 50分 5分走

土 富士山へ向けて出発

【 7/28までのトレーニング距離(km) … Swim14.9  Bike477(30)  Run194 】

2017年7月23日日曜日

トレーニング17.7.16〜17.7.22

 16(日)は豊栄走友会、岩瀬の清水練。高温多湿、救いは曇り空というコンディションの中、7名の参加。僕は前半の3kmぐらいで大失速の不甲斐のない結果。
 先週から動きにキレを欠くのを自覚しており思えば当然の内容か。気温順化が上手くいかないのかもしれない。そもそも暑さには弱いし。

 17(祝)はブリお様とサイクリング。290号線を遡上するように道の駅「入広瀬」を目指す。途中のちょっとした坂道で千切れながら、走行距離98km、出発から概ね4時間半で無事的地へ到着。
  ごっぽう蕎麦なるものを美味しく頂き、11時半過ぎに帰路へ。休憩ポイントの「道の駅とちお」を経て県道289号のコンビニまで2時間程度、残り58kmを残すのみとなる。
  午後の陽射しを浴びながら290号線を進む。そして、ここからが僕の苦難の始まり。まず前輪パンク。これはサクッと修繕して出発。続いて、進むにつれて陽射しのせいか頭がクラクラして、ボトルの水をかぶりながらブリお様を追いかける。
 下田の自販機で休憩した際に、何の気なしに僕のバイクの前輪をぶりお様が確認したところ、ー空気の抜けに気がつく。あれ、またパンクか?と思いながら、とりあえず空気を入れて走り出す。やっぱり長続きせずに加茂市内で本日2度目のチューブ交換。コンビニで一息入れて、遅れを取り戻すべく新津を目指し疾走する。
 ところがところが新津市内に入ったところで再び前輪の空気が…。走行していてすぐに気がついた。もう大丈夫だと思っていただけにショックは大きい。
 空気を入れるがこれも然程長くは持たず、新津ICの入り口でぶりお様には帰路についてもらうことにして僕は修繕を試みる。
 ここまで交換した2本のチューブに空気を入れるが、最初のチューブは明らかに大穴が、しかも2つも穴が開いている。もう一本はバルブの裏側から微かに空気が漏れることがわかった。そして、ここまで装着していたチューブも似たようなところに小さな穴が。最初のパンクの時にタイヤの内外ともに異物がないかチェックしたのに関わらず再三のパンク。何度もタイヤの内外を目視、触手で確認したが原因はわからない。修繕パッチの持ち合わせはなく、僕はここでレスキューを依頼した。ということで此度の入広瀬サイクリングはDNF、トホホな1日でした。それでも一つよーくわかった事はブリお様のサイクリング力。パネえっす。ブリお様、この日は本当にありがとうございました。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 

日 AM 豊栄走友会 岩瀬の清水キャノンボール 21km
     PM スイム1,000m (100m×7,ドリル)

月 朝 バイク177km (自宅~290号経由入広瀬~新津ICまで)

火 レスト

水 レスト(夜 食事会)

木 夕方 ロード10km 53分 軽快走
     スイム1,000m (200m,100m×5,キック,スカー他,ドリル)

金 アクティブレスト (朝 ロード5km ジョグ 夜 暑気払い)

土 早朝 ロード15km 83分 ジョグ
    PM スイム2,100m (200,100m×15,キック,スカー他ドリル)

【 7/22までのトレーニング距離(km) … Swim13.9  Bike477(30)  Run151 】

2017年7月16日日曜日

トレーニング17.7.9〜17.7.15

 9(日) は五泉走友会主催のぴったしランラン。豊栄走友会より「チーム潟鉄」の第1走で参加させていただきました。
 村松公園周辺の4.2㌔の道程を18分30秒で申告し、結果は18分47秒。ゴール残り300mぐらいでバナナ師匠に差されましたが、今思えば、あのときに彼の背中をぴったりマークしていれば、個人入賞があったかも…とちょっと後悔。それでもチームは4位入賞で商品の缶ビールをゲット。暑い中をハァゼィした甲斐がありました。
 3走目のH間さんの走る勇士を見届けて、僕は会場の村松公園を後にしてランで自宅を目指しました。午前11時、気温は上昇しており僕なりに炎天下装備を身につけてスタートしたのですが、走り出して30分5kmを過ぎた辺りから、陽射しよりもアスファルトの輻射熱にやられ、頭がクラクラして軽い熱中症を発症。五泉市の気温をスマホで確認すると34℃。
 コンビニを探しイートインコーナーで氷菓を食べて休憩し再び走り出す。けれど五泉市を出る手前で、暑さに負けて救援信号を自宅に送る。残念な暑さ対策トレでした。これに懲りずに炎天下ランをまたやろうと思います。危険を伴わない程度に。

 トレとは関係ないのだけれど、15(土)は娘と一緒に明訓中学のオープンスクールへ脚を運びました。教育理念、カリキュラムそれに施設など、ひと通り説明や案内を受けた感想は、こんな素敵な場所で中学、高校の6年間を過ごせたなら、たくさんの友達が出来てきっと、自分の可能性はもっと広がっただろうにと、中学へ進む際にすでにいくつかの選択肢を持てる娘をとても羨ましく思いました。


※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 朝のペダル練、夜のラン。

日 AM 五泉ぴったしランラン 
    自走帰宅9km 1時間(村松公園から五泉市内で中止)
     PM スイム1,000m+α

月 朝 ペダル練30分
    夜 ロード11km 57分 (up,5分走〜TG走)

火 朝 ペダル練30分
    夜 ロード5km 26分 (up,5分走)
        スイム1,000m (UP,ドリル,100m130s×5,50m60s×3)

水 朝 ペダル練30分
    夜 ロード10km 54分 ジョグ

木 夜 スイム1,600 (1000m18'50、500m9:35,全力泳)

金 夜 ロード15km 82分

土 AM 学校説明会
     PM バイク40km 80分 290号線


【 7/15までのトレーニング距離(km) … Swim9.8  Bike307(30)  Run100 】

2017年7月12日水曜日

ランシュ放浪記 京都編 '17.7.6

 朝5時、起床。
 前日ビワイチ後の2種目、それは先斗町と祇園の夜。
 世の中にはまだまだ知らない世界(感)があるのだなぁと関心した夜になる。そして日常を取り戻すべく、僕はランシュを履いて烏丸通へ飛び出した。
 睡眠不足と二日酔のせいか頭はクラクラ、脚は異様に重くスロージョグ。
 えっちらおっちら京都御所を周回(約3.8km)して、京都市庁を経由し二条城を周回(2.5km)する。それぞれに周回するジョガーがいて、それぞれが朝のひと汗を流していた。前日とは一変した力強い陽射しに照らされながら、祇園祭一色に彩られる京都の街を駆ける。

京都御所の側道

二条城正門 

 朝食後、京都アクアリーナへ脚を伸ばす。
 一昨年から始まった、ご当地プールめぐりとしては3ヶ所目。朝9時の開店狙いで訪れたのだが、屋内長水路プールはすぐにコースが一杯に。お隣の飛び込み用のプールでもドシドシ練習が行われていて、だだっ広い施設に活気を感じる。僕も時間までたっぷりハァハァ、ゼイゼイ楽しむことが出来た。

京都アクアリーナ、充実の施設です。
 滞在3日目、サクッと汗を流した午前中でした。

2017年7月8日土曜日

ランシュ放浪記~ビワイチ バイク編 ’17.7.5

7/4(火)
 京都、滋賀の天気予報を幾度となくチェックする。土砂降りの新潟から向かった大阪伊丹空港は曇り。いつ降り出してもおかしくない鉛色の空が広がっていた。
 5月中旬、僕は会社の研修日程に合わせて、ロードバイクでビワイチ(琵琶湖一周)することを思いつき計画を立ていた。1人で200km近くバイクを漕ぐ機会はそうはない。それを全く知らない土地でやるのもアリじゃなかろうか、そうだ、やってみよう!
 半ば衝動的だった。なのに、いざこうして実行が怪しくなると、とてつもなく重要な機会を逸すようで、いつまでも諦めがつかないでいた。
 時間の経過と共に、滞在している大阪では雨が降り出し、次第に雨脚は強くなる。
 僕の計画を知る同行者は、空を見上げるようにして
「台風が雨雲を全部さらっていけばいいのに」と一言。
 あっ、それっ!その可能性に遅ればせながら気がついて台風情報を確認する。一条の光が射したようで、それは強い期待へと変わる。
 その言葉の通り台風が通過して時間が経つにつれ、京都、滋賀の天気予報からは傘マークがおもしいろぐらい消えていった。
 京都へ移動してホテルにチェックインする夕方頃には、翌日の天候は朝方を除き殆ど心配はなくなっていた。

 7/5(水)
 朝5時。予定よりも30分早くホテルを出発。近所のコンビニで行動食を調達し、店を出ようとするとポツリポツリ雨が降ってきた。
 アスファルトの水溜りに落ちる雨粒を見ながら、パンをほおばり雨が上がるの待った。それはほんの束の間のことで、雨粒の数がみるみる減っていった。
 よし、行こう。 僕はバイクに跨った。

 京都御所を過ぎ県道30号線、滋賀越道から山中越を通り、滋賀県大津市を目指す。
 住宅街から徐々に上り坂が始まる。思っていた以上に強い勾配で、山道へ入って早くも顎が出そうになる。想像以上の峠道だ。
  上り坂は比叡山ドライブウェイの入り口まで続き、やっとの体でピークを越えた。そこから濡れたアスファルトをブレーキをかけながらゆっくり下っていくと、突如、それとわかる湖が横たわっているのを垣間見る。雲の切れ間から光が湖に差し込んでいる。思わず声を上げた。

大津市側から望む比叡山。


 国道161号線、琵琶湖を右に置きながら、西近江路を北上して琵琶湖大橋へ。


琵琶湖大橋から望む琵琶湖

  県道559号線、湖岸道路に沿ってサイクリング専用道と本道を行ったりきたりしながら湖東をひたすら北へ向かう。早朝でも車通りは少なくはなく、かたや専用道は凸凹が多くスピードを出すのが躊躇われてしまう。

 近江八幡で湖岸をぴったりとトレースするコースへ出る。岸壁の特徴的な岩に名前を記した看板が立っていた。
 多少のアップダウンのある湖岸の森林道の中を、僕はバイクを滑らせるように進める。そこまでの憂さを晴らすようにペダルを回した。辺りには僕のタイヤのすれる音だけが響いている。

近江八幡、沖島。



 8時過ぎに彦根へ。実働3時間で最初のコンビニで休憩を取る。


各コンビニにバイクラックが常設

スタートから100km。湖北へ向かう

 彦根を過ぎて米原、長浜まで来ると交通量は減り、思う存分本道でペダルを踏むことができた。何度も思ったことだが、これで天気が良かったら、もう何も言うことはないだろう。

  湖北の県道44号線は国道8号線と交差するのだが、国道と並走する県道514号を選択すると、車通りの少ない安全なルートを取ることが出来る。
 賤ヶ岳のロープウェイを横目に山道を上がりトンネルを抜けると再び湖の視界が広がる。ここで漸く陽が射してきて、眼前に広がる湖の青色と木々の緑のコントラストに心が踊った。



  前日の雨の影響で県道557号線にて崩落があり、予定ルートの一部が通行止めになっていた。湖北のグッドロケーションと聞いていだけに残念。お陽さまも出てるのに。
 仕方なく国道303号でショートカットして、県道54号の湖周道路へ向かった。

 高島の湖周道路はずっと同じような景色が続き、正直言ってものすごく飽きる。休憩を取るようなポイントも見当たらないのでひたすら進んだ。さらに南下するごとに雲行きが怪しくなり、時々雨粒が当たった。
 湖州道路が途切れると国道161号線に合流する。車の交通量は半端ないが自転車の走るスペースは辛うじて確保されているので安心して進むことが出来た。途中、白髪神社で休憩を取った。

白髯神社の鳥居
 JRの高架線路と併走するコースを進みながら、道の駅の琵琶湖大橋米プラザを目指した。小雨が降る中、道に迷いながら12時半頃に道の駅に到着。ここを起点とするビワイチ150kmコースの達成だ。


道の駅

 再び京都へ。山中越をやり過ごすコースも考えたが、今回のサイクリングの締めとして、再度挑むことに。選択は間違いではなかったが、姿勢やサドルポジションをこまめに変えれずに、比叡山の入り口までは、ただただ苦行でしかなかった。

比叡山へ向かう坂の途中から

 ピークからの滋賀越道はひたすら下り。ここがなかなか長い。朝、ここを登ってきたのねーと改めて坂嫌いの自分に感心する。
 京都市街に入ると完全にサイクリングモード。銀閣寺、平安神宮を経由しながら烏丸通りの宿泊先を目指した。
 15時、ホテルに到着。
 走行距離212km、実働8時間25分 所要時間10時間。
 単独では初めての距離と時間だ。スタート時はコースの情報が希薄だったので、不安な点が多かったが、「ビワイチ」の為に施されている様々な工夫、専用道や案内表示の存在はもとよりサイクリングへの理解のおかげで無事に乗り切ることが出来た。安心してサイクリングを楽しめるコースだ。もしかしたら2度目があるかも、その時は湖北のコースをもっと攻めたい。それじゃ、じゃまたね!(了)

トレーニング17.7.2〜17.7.8

 今年の7月はアクティビティが2つある。
 その1つがこの水曜のビワイチ(琵琶湖一周)と、もう一つ月末の富士登山だ。
 然るに、今月は楽しむ要素がいつもよりある分、量的ハードワークをちょいと挟みながら、技術的なポイントをちゃんと抑えながら取り組んでいく。ま、いつもとあんまり変わらないけどね。

 佐渡トラまで2ヶ月。Bだが目標とするタイムがあるので、ここからはバイクとラン、あるいはバイクからランのセットメニューを意識的に取り入れ、尚且つ暑さ対策を行い、そして欲張りかもしれないが、トラのその先のフルマラソンへ繋ぐようなトレーニングを心掛けたい。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 琵琶イチと角田登山

日 朝 ラン20km スロージョグ
     PM スイム1,200m+α (100×8,ドリル,全力泳)

月 アクティブレスト(夜 カブトヤマラン5km 坂ダッシュ10本)
火 レスト(京都初日)

水 朝 ビワイチ 212km 8時間半 (京都市内から琵琶湖大橋)

木 朝 ラン10km ジョグ 62分
     AM スイム2,000 (up,ドリル,50×20,100×5) in京都アクアリーナ

金 レスト

土 朝 海練1,500m (3往復 8:26,8:29,8:08 +α) 
     角田登山 灯台コース往復


【 7/8までのトレーニング距離(km) … Swim 6.2  Bike 267(0)  Run 46km 】

2017年7月1日土曜日

トレーニング'17.6.25~'17.7.1

 みなと酒田トラのレースの後、バイク自走で新潟へ向かおうとした際、同じくレースに参加していた先輩に、力の出しどころを間違っていると指摘され、次いで他のからも似たようなことを言われた。いままで考えもしなかったが、その指摘はかなり正しいのではないかと納得している。

 フルマラソンを4時間走破を目指し豊栄走友会に入会した際、現会長の宇賀田さんから
「レースにはかならず目標を持って臨むこと、タイムを腕に書いておきなさい」
と言われたことにはじまり、その教えは今でも当たり前に実行している。レースで走破目標を立てるとは、僕にとって計画を実行、実現することなのだ。

 タラレバなのだが今年の酒田で、もし目標通り走破出来ていたら・・・。たまたま設定した目標が年代別の表彰台に繋がる可能性があったというのは偶然かもしれないが、もしランパートで足の痛みを理由に諦めていたら、すぐ後ろの同年代の方々に追い抜かれていたことだろう。

 僕に足らないのは執着と闘争心。
 レースで競り合ったり、他者に負けない強い気持ちを持て臨んでいなかったのは事実。自分よりも強い存在が山ほどいるものだと勝手に思い込み、恐れおののいていた。
同年代に限れば前を行く選手は4人しかいなかったのにネ。
 次はここんとこをよーく踏まえてレースに臨もうと思う。
 また一層トレに励みが出た。

 で、今週は謎のめまいに悩まされてやんわりトレ。じわじわ~っと7月はいきますよー!

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : レース後の考察、ペダルフォームの修正

日 AM みなと酒田トライアスロンおしんレース参加
    PM バイク自走 村上TCの皆さん酒田市〜村上市 102km 

月 レスト(ひどいめまいの為休養)

火 アクティブレスト(朝 わんこ散歩 → ペダル練30分 この日もめまいの為休養)

水 朝 わんこ散歩 → ペダル練30分
    夜 アランゼミ 市陸走6km ジョグ+α
    (筋リ,Jナイフ,ダガー&ポール、片足ステップ&ギャロップ,幅跳び,階段走)

木 アクティブレスト(朝 ペダル練30分 めまいの為休養)

金 アクティブレスト(朝 ラン6kmジョグ 35分 夜 送別会)

土 朝 バイク 豊浦、290号から水原55km 2時間
     PM スイム1,500m 100×10本 ドリルなどなど
     夕 ラン11km 60分 ビルトファン
【 6月のトレーニング距離(km) … Swim 8.1  Bike 202(132)  Run 174km 】
【 7/1までのトレーニング距離(km) … Swim 1.5  Bike 55(0)  Run 11km 】

2017年6月29日木曜日

無題

 網野善彦氏の著書にはまっている。
 数冊読み終えた今、日本の歴史に漠然と抱えていたいくつかの違和感が氷解していくようで、新しいものの見方や、空想的な古代の世界観が広がっていく。

 為政者の観点や衝動的な出来事で歴史を知り、学び、そして知識として蓄えていくのだけれど、当時の市井の人々の姿を稀有な資料から、おぼろげながらもその輪郭を浮かび上がらせ、いくつかの事象を積み上げていくと間違いなくそこにはその時代を生きる人々が、現在(いま)を生きる我々と殆ど違わないぐらい重なり合ってくるのである。

「百姓」という言葉の響きの固定概念が強すぎて、農作業を主として自給自足でまかなっていくような生活の営みではなく、人が集まり集団化したところこから、考えられないぐらい広域的な社会性、職能をもって人々と交流を為す姿が想像されるのだ。

 今やインターネットはこの世界中のすみずみまで繋がってしまっていて(たぶん)、かつては街の片隅の落書きにみた、失望や警告があふれまったく見る気がうせしまっている。
 光の当たらない日本という国の庶民の歴史にこそ、学ぶものがあるのではと読み耽っている。

ツバキ日記’17.6.29

 ごぶさたしました。一ヶ月ぶりのツバキネタです。
 ツバキさん、6/26日から初めての生理がきました。
 なので我が家の翌日の朝ごはんはお赤飯。

 ちょっと近頃様子が変というか、そろそろそんなことが起るんじゃないかと身構えていたこともあり、すぐに変化に気がつきました。
 わんこの発情期(ヒート)は概ね20日間(3週間)だそうです。
 生理が5日間ほどでそこから2週間程度はそういう気持ちと身体の準備が出来ているそうです。
 なので7/15まではドックランはお休み、お散歩も要注意です。

ただいま18kg、こんなに大きくなりました。

2017年6月27日火曜日

第32回みなと酒田トライアスロンのこと

 まず結果から。
 2時間32分36秒 (スイム27:34 バイク1:14:18 ラン50:45)
 総合66位/完走264人・年代別5位/37人
 スイムとバイクはほぼ予定通り。自信のあったランが不甲斐なく、目標とした2時間半以内の走破に及ばずでした。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 6/25(日)当日。午前3時前に目覚め、やおら身支度に取り掛かる。前日に荷物はすべて車の中に詰め込んで、あと必要なものといえば僕自身ぐらい。
 ふるまいカレーが食べたいから行くという長男と、酒田行きが義務化している家内の運転で夜明けの道を走り概ね2時間、AM5時半には酒田市に到着する。

 良く晴れていたので、僕は途中で車を降りてバイク自走で会場を目指すことにした。街や港は早朝ということもあって車通りは少なく、物静かでひっそりとした雰囲気に包まれている。
 防砂林の上に顔を出す風力発電のプロペラを見ながら会場への道を辿る。酒田港にまぎれ込み、船溜り、積み上げられたコンテナヤード、鉄道軌道を通過。港湾施設の四つ路に立てられた「歓迎・みなと酒田トライアスロンおしんレース」の幟に目を奪われふと気がつけば、ランコースの折り返しの見慣れた道路に出ていた。

 会場で受付を済ませ駐車場へ向かう途中、振り返ると見覚えのある車両が会場へ向かってくるのが見える。ペダルを踏むと背中からアベタケ先輩に声を掛けられる。あーやっぱり、鉄女ママの車だった。2人に挨拶をする。

 トランジションは2ヶ所に分かれていてバイクからラン、次いで2kmほど移動してスイムからバイクのトランジションに荷物をセットする。
 トライアスロンに参加するごとに要領を覚え、過不足なく準備出来るようになった。特に酒田おしんはサポートしてくれる家族のお陰もあって潤沢な準備が可能だった。
 用意を済ませ、僕らは浜辺に移動して大会説明とアンクルバンドの配布を待つ。浜を走る選手がチラホラみえる。僕は手持ち無沙汰もあり、彼らを真似るようにスイムの浜辺を駆けるイメージを想像しながら、砂上を走って時間をやり過ごした。

 スイムチェックが始まる。アナウンスの海水温は20℃、迷わずノースリーブのウエットを選択した。海水の視界の悪さは相変わらずで、入水すると少し冷たい。泳いでいれば気にならない、そう思うことにして浜に上がる。
 促されるように飲料水を口にしながらスタートを待った。レース直前のほどよい緊張感は嫌いではない。深く息を吸っては吐き、迅る気持ちを落ち着かせる。

 そうして、レースは幕を開ける。AM8時32分、僕は第2ウェーブでスタートした。
 スイムのコースは直角三角形のような形状をしている。前から2列目のほぼ真ん中。バトルを受けて立つつもりでその位置を取る。
 スタート直後からしばらくの間なかなかのモノだったが、200m程先の1つ目の角のオレンジのブイを折れ、向正面に出るとそこからはほぼノープレス。僕は外めにコースを取り、2つ目のオレンジのブイを目印にして水をかいた。
 息継ぎをするたびに、塔のようにそびえる風力発電機が視界に入る。今年もまたここを泳いでいるんだなぁと思うと不思議に気持ちが落ち着いた。コースの外側、距離的なロスは生じるが自由に気持ちよく泳ぐことを優先する。

 明らかに波を感じる場所に差し掛かり、今期のスイム教室で先生から教わったドッグスカーを意識した。出来れば波の流れに逆らいたくはない。ちょっとでも楽に泳ぎたい。プルのイメージは浅め。肘を立て、かいた水を身体に引き寄せて2軸上に乗せて最後までプッシュする。この反復で泳ぎに力みが抜ける。
 2つ目のブイを折れると、浜辺のピンクのブイが目標になる。ここではかき手数をちょっと我慢してストレッチングタイムを伸ばすことを意識する。こんな風に1周目は泳ぎながら修正をかけていった。

 2周目に安田大サーカスの団長さんに気がついた。しばらく彼と並んで泳ぐ格好になったが接触することがしばしばあったので振り切った。
 ブイを折れて向正面へ。1周目はコースロスが大きい気がしたので内側に入るように意識する。2つ目のブイまでは2ストローク1ブレスで1ストローク目の距離を伸ばすようにして、泳ぎが単調にならないように工夫をした。
 浜まではかき手のピッチを上げ、最後は全力泳へつなぐ。ギリギリまで泳いで立ち上がると、重力に晒された身体はやたら重く、砂浜に脚をとられる。よろけるように浜を駈け上り、デジタル時計の29分台の表示を目にして安堵した。


 乗車ラインを超えてバイクに跨る際、予めペダルに装着した靴を履くのに手こずってしまう。焦る気持ちを抑え、まずは気持ちよくペダルを回すことに努める。
 昨年は、ハナっから力んでしまいスピードに乗るのにてこずった。その経験からこの継ぎを滑らかにすることが、僕のバイクパートのクオリティーを上げる重要なポイントだと考えた。頑張るのはペダリングに身体が順応してからでよいのだ。たとえ後続に抜かれても焦らない。ちょっと重く感じるギアを回しながら補給を入れ、やんわりピッチを上げにかかった。ハムに力が入る。それは僕にとって良いときのペダリングの兆候だった。


  バイクアップの目標は72分(トランジション抜き)。按分すれば1周辺り24分。
 1周目の復路からはサイコンを経過時間の表示に切り替える。1周目は25分、2周目は48分と予定通り。
 DHバーで随分楽をさせてもらった。これは今シーズン、ブリ男さんからプレゼントされたものだ。今では僕のバイクに欠かせないパーツの一部だ。それとゆーサーモンさんから所有権が正式に譲渡された伝説のサドルも・・・。

 風は、往路は一部を除きほぼアゲインスト。復路がフォロー。風の影響はざっくりそんな感じだった。
 力のある選手は、向かい風をものともせずにグイグイと進んでいく。例えば女子総合優勝の小林恵さんが良い例だ。向かい風の直線で、彼女に事もなく抜かれた時にはっきりと力量差を痛感した。しかも彼女、左肩を故障してたんじゃなかったっけ?
 3周目の復路、折り返しを過ぎた辺りから左の足首の内側に痛みを感じる。いつも以上に頑張りすぎてアンクリングが入ったのか、左右のペダルバランスの問題か。ただ例年いつも感じていた背中や腰回りの筋肉の痛みはなく、その点は朝のペダル練の成果かもしれない。
 フォローの風が背中を押す。ランを意識して息を整える。サイコンの時間表示を見ながら降車ポイントへ。目標からはちょっとだけはみ出したが、スイムに続いて上手くクリアできたと思った。

 トランジションではバイクラックを一列間違うという痛恨のミス。昨年はバイクの掛け方を指摘され修正を求められた。今年はセッティングの際にマーシャルにバイクの掛け方を確認し、その点は大丈夫だったのだが…。
 ラン支度を整えコースへ向かう。トランジションを抜けるその途中、今回リレーのスイムパートに招聘されたH澤さんから声援をもらう。バイクの折り返し地点と言いここでも!仲間からの声援は励みになり、気が引き締まるものだ。

 ランコースへ。感覚的に脚が上がらない。けれどこれはブリックランを何本かやっていたので折り込み済み。オーバーペースにならなければ時間の経過でコントロールが効くはずだった。
 勢いに任せた入りの1kmは4分40秒。今回のレース、実はここまでほぼ予定通り。そして、じわっと4分半に近づくようにペースを上げて行く計画だったのだが・・・。
 以降が全然ダメ。左の足首が踏むたびに痛むのが気になって仕方ない。もしかすると、まさかのリタイヤ?これ一瞬、本気で脳裏を掠めた。それほどに左足首が気に掛かかってしまう。家内にはランで飛ばすからねー、と宣言するほど自信のパートだっただけにまさかの失態。今思えば悔しくて仕方がない。
 落ちるペースに歯止めが利かず、1周回の手前にいた家内に思わず、足が痛くて上がんなーい、と泣き言を言った。

 2周目の周回ゾーンでリレーのKさんと併走し声援を貰う。このときも左の足の感覚にほとほと参っていた。周回コースなのでアベタケ先輩はじめ、ジョーさん、恵さん、鉄女ママ、皆とすれ違い声を掛け合う
 このままではイカン、なんとかせねば。
 どの辺りでかはっきり覚えていないが、脚を前に出そうとする意識が強すぎかと思い、着地イメージを修正する。すると6km通過、2周目の後半で僅かにペースが上向き、かろうじて5分を切る時計がでた。足首の痛みは和らぎいける感じになってきた。

 3周目はそのペースをキープ、いやちょっとでも上げるつもりでピッチを意識した。重心着地、腰を高くキープ。頭を下げてアスファルトに視線を落とし走ることに集中する。フィニッシュはもうすぐそこ。なんであれいつも通りに走ればよいのだ。


 計画通りとはいかなかったけれど、久々のPB、笑顔でフィニッシュ!
  
エイジ2位のアベタケさん、女子総合優勝の恵さんと


年代2位の鉄女ママと

 ふるまいカレーを家族で美味しく頂いた後、トランジションの始末をして自走の準備をする。
 アベタケ先輩には、余力を残すからダメなんだぞー、とド正論を突きつけられ、その件につきましてはゴニョゴニョ・・・おっしゃる通りでぐうの音も出ません、反省します、気をつけますと心の中で何度も反芻する。

 帰路は村上トライアスロンクラブのトレインに乗っかって村上市を目指す。僕を含めた6名にサポートカー付きという万全な体制だ。やんわりいくよーと、I藤さんから伺っていたけれど、それはまったくの偽りで、とんでもない超特急。
 112号線、海岸通りに出ると列車は更に加速する。付き位置で皆さんから引いて頂き、ふるまいカレーも効いてきて体力は蘇る。
 新潟県境に近づくにつれ雨がポツポツ降ってきて、トライスーツ1枚の僕はパンイチとなんら変わらず、動いてないとちと寒い。
 勝木のコンビニから村上へ向かう途中、笹川流れでエネルギー切れを起こしそうになり、桑川の道の駅で急きょの補給を挟んでPM4時、村上体育館に到着。
 酒田から102km。実走時間3時間十数分。

 雨は降ったり止んだりで、帰路を心配してくれたI藤さんが車を出してくれて、村上市体育館から自宅まで送って頂くという、ありがたいサポートを頂戴する。
 帰宅してからは碌に確認していなかったリザルトが気になり悶々としつつも、チョー楽しかったぁ!を連呼していたら、それ何度目?と家内に厭きられる。

 翌日。お昼にレースのリザルトを覗き、思わず声が出る。
 たとえ分母が少なくても1桁順位とはいいものだ。来年へのモチベーションがグッと上がり、すぐさまアベタケ先輩の台詞が頭の中をグルグル廻る。ムムム、確かに間違ってたかも。するといくつも頭の中で疑問符が湧き上がる。
  志向の変化を促すチャンスをくれた、4度目のみなと酒田トライアスロンでした。(了)