2017年8月14日月曜日

ツバキ日記’17.8.13

 お盆のこの日、お天気は雨模様。湿度はあがり鬱陶しさは甚だしい。そんな中、僕らは毎年恒例の早朝のお墓参りへと出かける。今年はツバキが一緒だ。
 ツバキと墓地に入るのはナントなく憚れるものがあって、菩提寺の境内で僕とツバキは先に行った3人を待った。
  物分かり良く横でお座りをするツバキを見た参拝者から「かわいいですねぇ」と声を掛けていただくこともしばしば。こんなに大人しいのは珍しい。小雨の空、どこからともなく聴こえてくる読経、お線香の香り・・・、そんな雰囲気がそうさせるのかな。
  が、それも束の間、お寺の雨どいから落ちる雨のしずく見つけると、あれよあれよと昂ぶりをみせ、落下する雫を口で受け止めるたびに興奮し、その表情はお盆に相応しく地獄の門番ケルベロスと化すのであった。

  お墓参りを済ませた僕らは、お寺を後にして近くの海岸へ赴く。
 浜辺で尻込みするツバキをお姉ちゃんが抱っこして海に入れると、上手に犬掻きでスイスイ泳いでみせる。ツバキにとっての初泳ぎ。とにかく浜へ戻りたくて必死なのだ。
 面白がる子供たちが水の中へ連れて行く以外、自分からは入るそぶりは終始見せないツバキとても塩辛い、大きな大きな水溜りがあることを教えてあげることができたお盆の休日でした。



トレーニング17.8.6〜17.8.12 行動補給食のこと

 佐渡で使う補給食について考えてみる。
 いつも愛用しているサバスのカフェイン入りのジェル(170kcal)はもちろん、グリコのCCD(170kcal)やら、井村屋のチョコ羊羹(190kcal)の他に、梅干しなど味覚のアクセントになるような、自分の好みのお菓子のようなものを組み合わせる。
 ここで何かひと工夫しようと思い立ちネットで既製品の類を調べてみる。興味深い商品はいくつかあったが、ふと「粉飴」の存在を思い出した。
「粉飴」を溶かして補給食や手作りジェルに当てようとネットで調べてみると・・・出てくる出てくる!
 早速、お試しに粉飴100g(384Kcal)を70ml(13Kcal)のスポドリ(アクエリアス)で溶かしてみると、ブログの記事通りに粘性が高く、ジェル感たっぷりの補給食が出来上がる。これで概ね400Kcal。実際の使用はバイクボトルで作ったので飲みにくく、さらにスポドリをプラスしたが…。
 これを皮切りにラン、バイク練の時に試しながらクエン酸、アミノ酸を加えてみる。今のところ、一般的なバイクボトルには粉飴150g、スポドリ200ml、そこにクエン酸を適量加えるというのがお薦めレシピ。
 僕はこれ、とっても気に入ってます。クエン酸の酸味が効いてスポドリ特有の甘みが口に残ることもなく、そこそこのジェル感があります。冷えてるともっと美味しいでしょう!
 作る際の注意としては粉飴150gをボトルに入れる際は注意が必要。紙で漏斗を作ってサラサラとゆっくり粉飴をボトルに流し込むのが肝要かと。粉飴は油断すると宙に舞います。そこにクエン酸適量をふりかけるように加え、スポドリを入れてシェイク。すぐには溶けないのでそのまま冷蔵庫に保管。これで614kcalの補給ドリンク完成!ひと手間掛けて試してみる価値は十分にありますね。


※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : ラン!

日 佐渡合宿2日目 
    朝 ジョグ5km
        佐渡OWS 2,000m リザルト41:03

月 朝 ペダル練 少々
    夜 ロード8km 46分 ジョグ

火 朝 ペダル練25分&ポジション確認と調整
    夜 体育館ギャラリー 10km 53分(30周TG,トレミジョグ)

水 朝 ペダル練25分
    夜涼 ロード8km 46分 (tg7km 4:40,down)
       スイム1,000m+ドリル(50m×10,100×5,ドリルS)

木 アクティブレスト(朝 ペダル練)

金 朝涼 ロード25km 2時間30分 ジョグ

土 朝涼 バイク練 胎内周辺 115km
      ロード15km 90分 ジョグ

【 8/12までのトレーニング(km) … Swim6.1  Bike300(52)  Run76 】

2017年8月8日火曜日

オレナツからの佐渡OWS’17.8.6のこと

 朝、2階のリビングに脚を運ぶ。テラスからは思いがけない色をした真野湾がパノラマに広がる。僕は一気に目が覚める。夏の佐渡の恩恵だろうか。
AM4時台の真野湾
 朝ラン前に大野亀で1cm程上げたサドルを微調整してサイクリングに備える。昨年は練習不足からギリギリまでポジションが決まらなかった。今期はそこそこいい感じにポジションが決まってきているので、この辺で決めてしまいたいところだ。

 朝のランニングはお宿を基点に河原田の海岸通りを往復して5km。先週から殆ど走っていないので短い距離でもステップに注意を払いラスト1kmは上げる。
 シャワーで汗を流した後、皆で談笑しながらの朝食は例年のOWSにない心の余裕のようなものを与えてくれる。会場はすぐ目の前。おそらく今までのレースやイベントでもっとも優雅な時間を過すことができた筈だ。

 受付を済ませ当日入りした面々にご挨拶。ウエットに着替えて準備を整えて試泳する。スカーリングからの軽いクロール、装備の不備がないかを確認する程度でさっさと海から上がる。再び皆と程よく談笑して、スイムチェックへ。いつものように淡々と物事が進んでいった。

 筋肉の痙攣には十分気をつけなきゃねと、水を持参してスイムチェックに向かった。暑さには滅法弱いので、マメに水分を補給することが重要なのだ。実は昨晩から気をつけていたのだが、残念なことにこの不幸な予測は見事に的中してしまうのだが・・・こればかりは、どうしようもない。
 
 海水につかって体温を冷ましながらスタートを待つ。この間、ゆーサーモンさんやスイムブロガーのヨッシーさん、それから以前お山で一緒になったYさんを見つけては声を掛ける。

 スタート30秒前のコールが聞こえる。今回のスイムアップ目標は37分台。大きく息を吸って水面を見つめ一点に集中する。準備は整った。
 目の前のヨッシーさんを追いかけるようにスタートする。落ち着いて水を掻く。焦らず騒がず周りに惑わされず自身のペースで。ポイントはブレスをしっかりとること。300mぐらいで落ち着くはずだと言い聞かせる。

 少々人とぶつかるのは当たり前で、特に特に際立ったプレッシャーもなく最初のコーナーを廻る。400m程度か、随分と長く感じた。インコースにいたせいで軽くプレスを受ける。僕は逆らわず進路変更をする。時々ヘッドアップして前方を確認、ポカンと浮かぶ黄色いコーナーブイを目指した。

 2周目に差し掛かる。スタート付近は浅く、立ち上がって、飛び込む動作を繰り返す選手を見受けた。それも悪くないなぁ、気分転換にはイイのかも、なんて思いながら僕は水を掻いた。
 底が見えなくなる頃になると水温が低くなって心地いい。同時に波に煽られることも多くなる。波に負けないように最後までしっかり水を掻いた。時々、海水にディーゼルオイルが混じり、揮発性の独特の臭気が鼻から胸を突いた。この匂いで元気になるという方もいらっしゃるが、僕にはマイナスの効果しかない。今こうして思い出してもムカつくほどなので、よっぽど嫌いなのかも知れない。

 2周目、最後のブイをカーブ。ロングスパートよろしく、じわりペースを上げようと画策した。意識してしっかりとキックを打つ。潮の流れの影響からだろうか、内側にいるとプレッシャーを受けるので外へ逃げる。このペースアップで左の脹脛に違和感が出る。まだ浜は遠い。スゴクいやな予感がした。するとキックした途端に左の脹脛が痙攣する。予感は的中。すぐさま左の足首をグイと立て、なこむら返りを阻止しながら水を掻く。これはなかなかしんどい。一度は泳ぐのをやめようかとも思った。この脹脛の緊張がほぐれた後、今度は右のハムがこわばる。片方の緊張からくる無理な体勢が影響した。完全にキックをやめざるを得なくなる。そのとき推進力にして15%減だなぁと漠然と思い浮かんだ。もはや掻き手で進むしかない。

 いよいよ底が浅くなり立ち上らねばならなかった。躊躇する。エイヤっと立ち上ると右ハムが身体の内側に切れ込んでくように痙攣する。思わず身体をよじりながら右ひざに手を置いて悶絶。しばらくそこに立ち尽くす。動けない、でも進まなきゃ。砂浜と階段が視界に入り、ゴールを見上げながら、一歩二歩、引きづるように右脚を前に出した。

 プリントして頂いた記録証には41分03秒とあった。しばし無言。ラストの痙攣を差し引いてもどうだったか。過信か。9月の本番に向け教訓にするしかないと思った・・・。

 正午。ゆったりとしたひと時を頂いた「On・The・美一」さんを後に、タカさん、ソファさん、そして僕の3名は両津を目指しペダルを漕ぎ出した。
 右手にはちょうどOWS5,000mがスタートして、水しぶきを上げながら進む選手たちの背中が見える。恐らく気温は今日のピークに近づいているのだろう。
 次は9/3。海からの風を感じる。オレナツの2日目が始った。(了)

2017年8月7日月曜日

オレナツ(佐渡合宿)のこと

 7/29.30の富士登山に続き、8/6は佐渡でOWS。ちなみに7月初旬は琵琶湖をロードバイクで一周した。つまり直近1ヶ月内で日本で一番の湖、山、島をたて続け立に訪れたことになる。
 これって地味にスゴくない?と家内に尋ねると、それが出来る環境にあることを感謝しなさいっと一言。ウン、ハイ、ごもっともです・・・。

 さて。佐渡OWS(オープンウォータースイミング)前日8/5(土)の佐渡上陸は、僕にとって今回で3年目となる佐渡で一日遊ぶ「俺たちの夏休み」略して「オレナツ」であり、トライアスロンチーム潟鉄の「佐渡合宿」という位置付けだ。どういう理由であれ暑く短い夏を佐渡で満喫するイベントなのである。

 10時半頃、河原田のお宿「On・The・美一(ビーチ)」さんから二手に分かれて出発する。
 タカさん&ソファは佐渡名所コース、鉄女ママ、ブリオ様そして僕の3人は大佐渡コースだ。
 僕らは大佐渡の海岸線をトレースして両津を目指し、多田から小倉を経由して大河原へ戻ろうという計画だ。


 序盤、ロングライドの記憶を辿りながらいくつもの起伏を想定しながらペダルを踏む。相川にたどり着く前に汗だくだ。
 眼前に飛び込んでくる海は夏の日差しを浴びてさらに透明度を増していた。バイク練よりも海水浴だよなー、と冷たい海に飛び込むことを幾度も想像する。


 Z坂の手前にある商店さんで小休止。それぞれに涼を取り、Z坂から大野亀までは一気通貫。大野亀周辺ではすべての風景を独り占めしているようで気持ちが上がる。
 昼食をとる為に大野亀の食堂に入る。店内は決して多いとは言えない観光客でそれなりに賑やかに映る。汗だくの僕らにはクーラーの効いた空間はパラダイスだった。

 根を張りそうな重い腰を上げ再びバイクへ。昼食後と言うこともあって僕は垂れ気味だった。すると反対方向からジャージ上着のチャック全開の男がバイクに跨って現れる。
 おー待ってましたぜ!Xさん。無事合流が出来た。これで今回の参加メンバーが揃った。
そして、ここから第二部バイク練スタート。Xさんの鬼引きに以下3名がピリッと引き締まる。気を抜くとちょっとした坂で置いていかれる。
 僕としては彼にこのまま牽いていただくのはヒジョーに忍びないので、無謀を承知で前に出る。スピードの1割り増しを除けば佐渡ロングライドの再現だった。
 ・・・しかし残念ながらこのローテーションはすぐに潰えてしまい、最初に仕掛けた僕は足が売り切れトレインから早々に千切れてしまう。
 結局、両津手前の5kmでXさん、鉄女ママに待ってもらっう始末。まぁこれが実力なのである。

 15時両津に到着。計画を変更して大河原を目指す。途中Xさんの提案で「フルーツカフェ」さんにお邪魔しながらのサイクリング。このメリハリ感はさすがの采配。ちなみに、この日のサイコンでトータル145kmを示していたけれど、実質的には河原田から両津の100kmがトレーニングに相当する内容でした。

 道草をしながら17時頃に宿に到着、先にチェックインしていたソファさんと合流する。するとブリオ様の提言で河原田の海岸通りをブリックランをすることに。流石やけに前向きだナァと思っていたらなんてこたぁない、通りがかりにOWS会場の競泳水着の女性を発見しそれを間近に見たかっただけらしい。
 先週のギックリ腰から、この日のバイク練でもイマイチ調子の悪かったブリオ様。さすが「腐ってもブリ」を感じさせます。
 こうなってくるとトレーニングのことは忘却の彼方へ。この後は和気あいあいのディナー&おしゃべりタイム。翌日のOWSのことはすっかり忘れ、床に就くまで他愛のない談笑が続きました。(続く)

2017年8月6日日曜日

トレーニング17.7.31〜17.8.5

 富士登山後、稀にみる筋肉痛に苛まれて完全休養の連休を頂いてしまった。日常生活に支障が出るクラスの筋肉痛はここしばらく覚えがない。初めてフルマラソンを走った以来かも。
 原因は富士下山にあり、つづら折りの下り坂を走ったせいだ。まさかここまでダメージを残すとは思いも寄らなかった。四頭筋、脹脛、ハム、もっとも痛みがひどいのは何を置いても四頭筋である。下山から3日間は階段の下りが苦痛すぎて普段使わないエレベーターやエスカレーターを使い、それらがない場合は手すりを使ってそーっと階段を降りていた。
 昨年の同じ頃は400mlの全血献血をもって、擬似的高地トレーニング状態をつくりだした。あれはもう二度とやらなくていいが、酷い筋肉痛はおいてい置いて、この下山トレは大いにありだ。アスファルトのような硬い所ではなくクッションが効きブレーキのかけ易いところ、どっかないものだろうか。
 ・・・ということで今週は筋肉痛に伴うトレ内容。走れる状態でなはいのでスイムやバイクのペダル練でトレを組み立てる。
 週末はOWS。前日入りで佐渡合宿と銘打ってのトレーニング。楽しい汗をかこう。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニング  ※ ※ ※ ※ ※

テーマ : 富士下山ダメージの回復

日 富士登山 (7合目の下りから吉田PAまでトレラン)

月火 レスト

水 夜 スイム1,500m+ドリル(50m×20,100m-120s×4,down)

木 朝 ペダル練30分
    夜 スイム1,600m+ドリル(500m-9:00,50m×10,100m×6)

金 朝 ロード ペダル練30分
  夜 ロード5km ジョグ

土 佐渡合宿
    バイク145km(両津~河原田~大佐渡経由~両津~河原田)
    ブリックランという名の散歩

【 7月のトレーニング(km) … Swim14.9  Bike477(46)  Run194 】
【 8/5までのトレーニング(km) … Swim3.1  Bike160(26)  Run5 】

2017年8月3日木曜日

富士登山のこと 下山編 ’17.7.29,30

 先達(せんだつ)のヤング渡辺氏から、山頂の鳥居前に4時05分集合を申し渡される。僕らは1時間ほど山頂に滞在した。
 暗闇の中、周辺の景色がまるで見えないので想像していたような頂上感はなかった。僕はお鉢周りのルートをウロウロしたり、山小屋で木材の手紙を書いたりと、あれこれしているうちに約束の時間になった。

 4時05分というのは日の出、つまりご来光の時間だった。雨風の中、そんなものは期待できるハズはなく、白んだ空の分厚い雲の切れ間から、わずかにオレンジ色の光が滲んでいて僕らはそれをご来光のつもりで見つめる。
 ここまでを振り返ると、全くもって天候にそっぽを向かれている。日本一高いお山に居るというのに眼下に広がる景色を眺めることすら出来ない。ホントまったくついてない。

 山を覆っていた闇が消え、薄明かりと共に周囲の状況が視野に入ってくる。荒涼たる山肌に蛇腹状の一本道が覗く。吉田ルートの下山道、ここを登ってきたのだと自らの軌跡を知る。上から見下ろせばこそであるが、下から見上げたならば心は折れていかもしれないという数人の意見に同意した。





須走(すばしり)ルートと吉田ルートの分岐となる下江戸小屋まで隊列を組んで進む。トイレ休憩を挟んで吉田ルートへ誘導されると、ここからどうぞお好きなペースで下山してくださいと渡辺両氏に言われ俄然やる気になる。
 おー!トレランじゃー!この週末ノートレであることに少しだけやましさのようなものを感じていたので、ここぞとばかりつづら折りの山道を駆け下りる。
 右に折れ、左に折れるとワンセット。経路表示の看板で数えると12~3セット。地面の柔らかい所でスピードを調整しながらひたすら降る。残り6つぐらいで周囲にガスが漂い視界が遮られる。先を行く人の背中はなくなり、走りながら不安になる。
 つづらを終えると起伏があったり、屋根付きの階段が現れたりと、急な坂を下りたせいで脚が棒のようになり力が入らない、膝が笑う。
 ジョグで進んでいくと前日通過した記憶のある道に出た。ほっとしていると向こう側からこちらへ歩いてくる登山者とすれ違うようになった。
 「おはようございます」と声を掛けながらスロージョグ。あたりはガスに包まれ昨日のスタートの風景と重なる。6時過ぎ吉田の登山口に辿りついた。


  登りは休憩と仮眠を含め12時間、降りは2時間ちょい。この下山のトレランが僕の脆弱な両脚にとてつもないダメージを残し、この翌日から数日間、歩くのが嫌になるほどの筋肉痛になるとは露ほども知らない。
 しかるに僕の今回の富士登山は頂までのプロセスとか、山頂に辿りついた喜びとかは殆ど残っていない。今も痛みが残る四頭筋の筋肉痛を招いたこの富士下山に尽きるのかも。
 いろいろと体験できなかった初めての富士登山。もしかしたらまた来年もと帰りのバスで盛り上がる我々でした。
 先達の渡辺両氏、ありがとうございました。(了)

先達のダブル渡辺氏と記念撮影







2017年8月2日水曜日

富士登山のこと 登頂編 ’17.7.29,30

「富士山」について今更説明する必要はない。誰しも漠然といつかは…と思っていても、本当に富士の山頂を目指すには、それなりのきっかけや動機が必要で、自分が本当に登るなんて思ってもみなかった。
 2年前、ひょんなことから富士登山の計画が持ち上がったが、計画の半ばで頓挫してしまった。その頃から富士を意識するようになり、昨年、家族でドライブのついでになんとなく富士周辺に脚を延ばしてみたが、おぼろげなその頂きを垣間見る程度に終わってしまい、脳裏に描かれる雄姿と重ね合わせることは叶わなかった。
 そして今回再び計画が立ち上がり、それは昨年末辺りのことだったと思うが、当然のように僕は参加メンバーの1人となりこのたびの実現となる。
 富士山に登るのは自分の意思に関わらず、運命的にセッティングされていたような気がしないでもない。しかし最近読んだ小説のセリフのごとく、それは運命でも偶然でもなくて、全て自分が選択してきたことの積み重ねによる結果なのらしい。ようやく今、その機会が訪れたということなのだ。


吉田口ルート詳細

 7/29(土)有志13名による富士御来光参拝を目的とした2日間の日程が幕を開ける。クリアにならない天候に少々の苛立ちを抱きながら富士スバルラインを目指し、早朝の新潟を出発する。

 所々渋滞に巻き込まれながらも、ほぼ予定通り我々を乗せたマイクロバスは目的地に到着。残念なことは富士山の2,305mに位置する吉田パーキングは土砂降りの雨。僕らは高地順応を兼ねて出立時刻までゆっくりと時間を掛けて準備を整える。

 ちょっと階段を登っただけで息が切れ目眩がすることに面喰らう。順化の重要性を早速認識すると同時に不安に駆られる。それに恨めしいのは、さらに勢いを増す雨。僕の装備は少し年代物で、水が浸透するのにそう時間は掛からない。天を仰いで空を呪うしかなかった。





 参加メンバーはみな登山の素人なので念を入れ先達を2人お願いした。この判断は後に評価されるのであるが、まだこのときは先達を2人もつけるとは、なんと贅沢なんだろうと思われていたに違いない。
 15時過ぎ、この道40年超の先達、渡辺氏に率いられ、今夜の宿泊先である7合目の「東洋館」を目指す。僕は隊列のしんがりで、僕の後ろにはもう1人の先達、若手の渡辺氏がついている。
 僕らはベテラン氏に先導され、ゆっくりとした足取りで登山道を進みだした。




 吉田パーキングから富士の登り口までしばらく下り坂が続く。それはウォーミングアップと環境順化を兼ねているそうだ。先達のヤング渡辺氏は、僕らにここで亡くなった登山者についてのエピソードを披露する。富士登山、特にこの吉田ルートはシーズン登山者の6割以上を受け入れるのだが、登頂を目指すすべての人々の生命を保障しているのではないことを端的に伝えようとしているようだった。彼は今後、要所要所でグロくおぞましい話をする役目を担うのである。

 ガスのために全く周囲の景色がわからないのがこの上なく残念だった。視覚情報が閉ざされた僕は、ヤング氏と他愛のない会話を交わしながら道を進んだ。そんな中、同じようなペースで進む韓国から来た李さんという女性と知り合い、1人ならばとパーティーに誘い、我々の隊列に加わって頂く。

 僕らはジリジリと歩を進める。歩き出して1時間ほどで雨は小降りになった。相変わらず周囲はガスに覆われ景色は全く伺えず、まるで雲の中を歩くようだった。運動量としても物足りないが、まぁ仕方がない。

 17時過ぎに7合目に入った。最初の山小屋で李さんとお別れをする。少し進んでからふと後ろを振り返ると、彼女がまだ僕らを見送ってくれていたのが印象的だった。外国から、しかも1人で富士を訪れるその行動力に感服するばかりだ。



 我々の目指す東洋館は7合目の最上位に位置していた。足元の岩場を踏みしめながら、ひとつまたひとつと山小屋を通過し、19時前に東洋館に到着。
 あたりはもうほとんど暗闇に覆われていた。館内に導かれると濡れた装備の始末を促されつつ寝床に案内される。寝床はちょうどヒト1人が横たわるスペースに寝袋が敷いており、我々にスペースをあてがうのがスタッフの作業の一つだった。
 広間に用意された夕食のハンバーグをそこそこかっ込み、みなで寝床に横一列に整列して横になる。22時起床を言い渡されて僕らは眠る努力をした。僕は眠剤を一錠飲み込んで眠りにつこうと瞼を閉じた。すると突然建物を激しく叩く雨音がして、それは徐々に増していった。激しい雨音にまんじりとせず、僕らは容赦ない天候の仕打ちに暗澹とせざるを得なかった。



 不意に意識を取り戻すと起床時刻の3分前。ちょっと寝ぼけながら僕は支度を始める。それに続けとばかり周囲も動き始めた。半分以上のメンバーがまんじりともせず過ごしていたそうだ。僕がしきりに眠剤を進めていたことに、あの時に貰っておけば良かったと後悔する者もいた。いつだってそんなちょっとしたことが、これから先に起こることへの備えになるものだ。富士山だろうと日常だろうとその本質は変わらない。

 雨の気配はなかった。すぐに宿のスタッフが広間へ荷物をもって集まるようにと、命令めいた指示があり、僕らは素直に従う。広間には我らの先達渡辺両氏がおり、気温は高いので薄着で良いことと、これからの登山道での渋滞は避けられないことを端的に伝えている。

 22時半、8合目に向けて出発。気温は15℃、雨も風もない。先ほどの激しい雨音は夢だったのだろうか。ふと見ると山小屋の照明に蛾のような虫が数匹飛び回っている。標高3,000mに近い所で明かりに群がる虫がいることに不意に胸をすくわれしばらくその姿を見入ってしまう。

 週末が重なり山道は大混雑の大渋滞。急斜面の岩場をヘッドライトの明かりを頼りに、一歩一歩ゆっくりと進む。8合目はすぐそこなのだが、とにかく渋滞していて遅々として進まない。少し上に進み後ろを振り返ると、ヘッドライトをつけた人々が延々と列をなしているのが見る。暗闇の中に光るそれは、どこかにぎやかでお祭り屋台の明かりのようにも見える。


 8合目、2つ目の山小屋を通過したあたりだったろうか、休憩が告げられた。同時にメンバーの1人が頭痛と吐き気を訴える。見れば顔面蒼白。僕は頭痛薬を半錠だけ彼に渡し、先達2人に協議して頂く。ベテラン氏が付き添いに回り、ヤング氏が我々を誘導することで合意する。先達2名体制がここで功を奏す。僕は引き続きしんがりの役目を負った。1人抜けたパーティはしばし無言となり、渋滞する岩場を一歩また一歩と進んだ。

 1つ山小屋を超えたところで、ヤング氏がルートを変更することを我々に告げた。どうやら渋滞に業を煮やしたらしい。もちろん僕らは彼の後をついて行くしかなかった。その時は分からなかったが須走(すばしり)ルートの登り、吉田の下山ルートを使って頂上を目指すことになったのだ。
 それまでの足場が一変し柔らかな砂礫の斜面となった。一応の登り方、脚の使い方を手解きされた僕らは砂塵を踏みながら再び上昇を開始する。
 するとすぐに隊列にいくつかの間隔が空き始めた。ヤング氏の足取りは至極ゆっくりなのだが、環境変化への順化がうまくいかずに体調を崩していたメンバーが、ペースを合わせられなくなっていた。僕はそんな彼らの背後から様子を伺い、それとなくヒアリングしながらヤング氏に進言しつつ、ペースの遅いメンバーを前方に送った。時計は1時を回っている。7合目を出てからかれこれ3時間が経過していた。

 標高3,000mの漆黒の闇、ヘッドライトに照らされた足元の赤黒い礫を食い入るように見つめながらひたすら斜面を登る。ルートは蛇腹折りのようで、折れ曲がるところで短くて3分、長くて7分の休憩が入る。

 僕はメンバーに声を掛け様子を伺う。皆それぞれ苦しい中、頂上を目指し頑張っているのがよくわかった。きっと得難い経験になるのだろう。ただし、これを頑張れたことで人生の何かが担保されるというワケでもない。経験の一端、その程度のもかもしれない。
 ちなみに僕は疲労感は殆どなく、ただただ酸素欠乏せぬように意識して深呼吸を繰り返していた。日頃体を動かしているおかげで体力的には問題はない。継続的にトレーニングを重ねているお陰で、高地での行動も無難にこなせるようになっていたようだ。

 蛇腹をあと2つ登れば山頂という所で、8号目で体調を崩したメンバーがベテラン氏に率いられ我々に追いついた。聴けば自身を鼓舞して皆を追いかけたらしい。本人の意思もなかなかだが、さすがベテラン先達と僕は舌を巻いた。

 そうして3時10分すぎ、山頂に到着。山頂はで突然、雨と風が激しくなった。登頂を果たした人々でごった返して賑わっている。3軒の山小屋はまだまだ空席が目立ち、すぐに入ることが出来た。人々の表情は悲喜こもごも、疲れを癒すと同時に下山に向けての準備をはじめているようだった。(続く)